N3437BM-102
xinqing11
2話連続で更新しております。
ご注意ください。
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38:夢世界1


雪の匂いと、冷たい空気。



そこには小さなベルルが居た。3歳程だろうか。
東の最果ての衣装を身に纏い、その深い袖をひらひらとさせ、無邪気で愛らしい笑顔をふりまいている。

「おかーさまー、みてー」

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ずって雪の上を駆け、縁側に座る金色の髪の女性の元へ向かう。
ベルルは手に、赤い花を持っていた。

「まあ、ベルル……それはなあに?」

「おはなー」

「何のお花?」

「つばきー」

ベルルは自分でそう言って、首を傾げた。

「つつじー?……つばきー!」

「そうね、椿のお花ね。つつじはあっち」

「うん!」

花の名を言い直して間違って、でも再び言い直す。
そんなベルルが可愛らしい。

いやしかし、これは何だろう。夢か?
僕が勝手に、ベルルとシャーロットさんの昔の事を想像し、夢に見ているのか?

それともキュービック・ガーデンが、僕にこの様子を見せてくれているのだろうか。

「あ、おとうさま!」

ベルルは縁側の段を「よいしょ」と上って、少し遠くからベルルたちの様子を見ていたある人物の所へ駆けて行った。

僕は初めて見る事になる。
黒髪で、立派な衣服に身を包んだ、話に聞いていた通りの美男子。背が高く、目鼻立ちはスッキリとしている。
だけど威厳と風格のある様子から、やはり100年以上魔王の座に居ただけはあるなと思わされる。

旧魔王だ。ベルルの父親である。

「おとうさまー、これあげるー」

ベルルは旧魔王の足にぎゅっと抱きついて、椿の花を父に捧げた。
旧魔王は堅い表情だったのを僅かに柔らかくして、微笑んだ。ベルルから椿の花を受け取ると、彼女の頭を撫でる。

クスクスと、縁側に座るシャーロットさんが笑う。

「ねえおとうさま、おとうさまも雪であそびましょう?」

「まあ、ダメよベルル。お父様はお忙しいのよ」

「げーとのかんり?」

「そうです。この世界にとって、とても大切な事なの」

「……そうなの?」

ベルルは上唇を突き出して、しゅんとした表情になった。
それを見た旧魔王はベルルを抱きかかえ、縁側から庭に降りて、側にあった小さな赤い実のなっている木に近寄って行く。

ベルルは旧魔王に抱えられたまま、嬉しそうにその木の雪を払って、赤い実を摘んでいた。
旧魔王はその木の葉を二枚ほどちぎって、ベルルを雪の上に下ろす。

「見ていてごらん、ベルル」

旧魔王は落ち着いた声でベルルに語りかけ、素手で雪を掬って丸め、二枚の葉をその雪に刺した。

「まあ、うさぎよっ!」

ベルルは旧魔王の手のひらに乗る雪うさぎに、ちょんちょんと赤い実をくっつけて、目にした。

「できた!」

口を大きく開けて、両手をパタパタさせ喜ぶベルル。
旧魔王が雪うさぎをベルルに与えたところ、それはまるで本物の様にもぞもぞと動くのだ。
魔法だろうか。

「わああっ」

ベルルは「いいこ、いいこー」と嬉しそうに雪うさぎの頭を人差し指で撫でした。
ああ、なんて愛らしいんだろう。おそらく夢であるのに悶える僕。

「……魔王様」

ベルルの母親であるシャーロットさんが、旧魔王の側へ寄って行って、その腕を取り、肩に頭を載せた。
その仕草はベルルに似ていたが、ベルルを見つめる表情は切な気であった。

「リーズオリア王国は勇者選定の儀を終えたと、聞きました」

「ああ。……この雪が解け、冬が終われば、きっとここへ向かって来るだろう」

「……」

「ベルルの行くべき国がリーズオリアならまだ、幸いだ。あの国は君の国でもある。……すまない、君には辛い思いばかりさせた。私の妻となったばかりに」

「いいえ……全ては私が選んだ道です。最後まで、お供致します。あなたの側を離れ、生きていけるはずがありませんもの」

「……シャーロット」

旧魔王はシャーロットさんの頰に触れ、眉を寄せた。
僕は何となく悟る。
これは、魔王討伐の直前の記憶か。

寄り添う旧魔王とシャーロットさんの様子を見上げ、ベルルはなぜかむっとした。

「もうっ、おかーさまおとーさま、ベルルもいっしょ!! おとーさまの腕、ベルルも!!」

ベルルが二人の間に割って入った。
シャーロットさんが「まあ」と言って屈み、ベルルと目線を合わせる。

「ベルル、お父様の腕はお母様の特等席よ。それに、あなたにはまだ届かないわ」

「……?」

「あなたもいつか、大きくなったらお父様のような素敵な人と出会って、恋をして、結婚するの。そうしたら……」

「そうしたら?」

「ふふ、特等席ができるわ。ベルルの旦那様になる方は、どんな方かしらね」

「ベルルのだんなさま? どこにいるの?」

「……きっと、とても遠くのお国よ。あなたが嫁ぐのは、西の国となるでしょうね」

「……」

シャーロットさんは、雪のせいでベルルの頰に張り付いた髪を払って、ニコリと笑った。
美しい微笑みである。まるで、聖母の様だ。

だけどベルルは急に不安そうな顔をして、シャーロットさんに抱きついた。

「いや!! とおくのお国なんて、いや!!」

「……ベルル」

「ベルル、ずっとここにいる。おかあさまとおとうさまと、ここにいるんだもの!! とおくのお国のだんなさまなんて、いやよう……っ」

ベルルは幼いながら、シャーロットさんの言葉から悟った事があったのだろうか。
いつか、この東の最果ての国を、離れなければならない事を。

「いらない、ベルル、だんなさまなんていらないわ!! ここにいるの……っ」

「ベルル……泣いちゃダメよ。可愛い小さなベルル」

ベルルはわんわん泣いていた。
泣きながら「だんなさまなんていらない」と言う。

当たり前である。この時のベルルにとって、母親と父親の存在は絶対的であり、それ以上大切なものなんて無かったんだろうから。

少しばかり胸が痛い。だが、この後ベルルが大事な二人を失うと言う事が、僕にとってより辛くて仕方ない事であった。

ベルルを抱き上げ、よしよしとあやすシャーロットさん。そしてその様子を、目を細め見守る旧魔王。
しんしんと、オレンジ色を帯びた雪が音も無く積もって行く。刻々と近づく別れを予感さえる、雪だ。

だけど、ここには確かに、親子としての景色があったのだ。







「……」

目を覚ますと、まずベルルの顔が目に入った。
彼女が僕を覗き込んでいたのだ。

「旦那様、おはよう!」

溌剌とした表情の彼女を見るに、昨日の酔いはすっかり冷めてしまったようである。

「お……おはようベルル。気分は良いかい?」

「ええ! 何だかとてもすっきりしているの。良く眠れたからかしら?」

「夢は……良い夢は見れたかい?」

「うーん……どうだったかしら。何か夢を見た気もするのだけど、あまり覚えていないわ。でも、こんなに気分が良いと言う事は、きっと素敵な夢だったんじゃないかしら」

「……」

屈託の無いベルルの笑顔を見ると、ズキンと心が痛んだ。
あんなに、あんなに両親と離れたくないと、泣いていた幼いベルルである。

「ああ……っ、朝は寒くて、震えちゃうわ」

ベルルはそう言いつつ、これ見よがしに僕に寄って来て、ぴったりとくっついた。
僕の腕を取って。

「ベルルは、良く僕の腕を取るね」

「だってここが、私の特等席だもの。そうでしょう、旦那様?」

上目使いで、小首を傾げ尋ねるベルル。

「……そうだね、うん、そうだ」

そして、ベルルの特等席が僕の腕であると言う事は、僕の特権でもある。
僕らは冬の寒さのせいで、なかなか寝床から出る事ができず、しばらく二人でくっついて、ゴロゴロとしていた。

ベルルは「よいしょ」と僕の上に乗りかかり、ふふっと微笑んだ。

「ベルル、重たいよ」

「あら、私そんなに重たい?」

「いや……それに、その、着物が……」

これは僕が悪いのだが、着せ方があまりに良くなかったんだろう。這って僕の上に乗りかかったのもあり、着物が肩からずり落ちている。
ベルルの奥ゆかしい胸元が……白い肌が……ああ……

「べ、ベルル……着物……」

「……う?」

ベルルは僕に言われるがまま自分の姿を見て、やがてじわじわと頰を染めた。
僕の上で起き上がり、胸元をぎゅっと閉める。そしてチラリと僕を見て、また頰を染め困り顔で視線を逸らす。
恐るべき姿だ。

「だ、旦那様……私、きっとちっちゃいから、着物がずり落ちちゃうんだわっ」

「……身長が?」

「ち、ちがうわ。その……だって」

ベルルは再び僕の上にパタンと倒れて、「うう」と唸った。
僕はベルルが言わんとしていた事を、今までの経験から悟る。

違うよベルルのは小さいんじゃなくて奥ゆかしくて慎ましやかなだけだよ!!

僕はそう思う。

「ごめんよベルル。僕の着せ方が悪かったんだ。恥ずかしい思いをさせたね」

「……ううん。旦那様だもの、別にそれは良いのだけど。貧相だから恥ずかしいのよ」

「また、君は」

ポンポンとベルルの背を撫でた。
彼女の早い鼓動が直に伝わって来る。なんだかな。

「そう言えば、雪は積もったんだろうか」

ふと気になって、僕はベルルを抱えたまま起き上がった。
掛け布団が落ち、ベルルがいっそう僕に身を寄せる。

本当に寒い、冬の朝だ。

「外を見てみるよ」

「あら、私も行くわ」

僕とベルルは寝台を居りて、窓辺から外を覗いた。
ここは東城の高い所であるので、庭先も、下界のトウヤの村もよく見える。

「わあああっ、キラキラしているわ!!」

一面に広がる、暖色の銀世界である。
朝焼けに照らされ、細かい輝きをちらつかせ、雲の影を写し出している。

これは見事に美しい。

ベルルは窓に手を当て、その雪景色を食い入る様に見つめていた。
彼女がかつて、両親と共に遊んだ雪と、同じ色である。

「……朝食を頂いたら、さっそく外に出てみようか」

「うん!」

ベルルは僕を見上げ、無邪気に微笑んだ。
まるで、幼い頃のベルルと同じ様に。


N4527BC-109
xinqing11
Sense109

 俺は、毎晩決まった時間に同じ場所でPVPの特訓に参加していた。
 知り合いや出会い頭の特訓などをしたが、上達はあまり実感できなかった。
 だが、極意とも呼べるものは理解できた。

『レベルを上げて物理で殴れば良い』

 まさに脳筋理論。とも思えなくもない極意だが実は奥が深い。
 元々の意味は、古いゲームのゲームバランスを酷評した時の言葉らしいが、昨今のVRや対戦ゲームでは、それが別の意味で捉えられていた。
 物理攻撃は全ての基エルメス バッグ メンズ
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本。つまり、物理という基礎をしっかりと身に着けずに、魔法やスキル、アーツに頼っては、足元掬われる。という意味。
 PVPでの隙は、致命的だ。その物理を基本とする戦い方に集中したことで、俺の戦い方の距離感や戦法がより明確になってきたと思う。

 手札で勝負するタイプ。

 近接系と思わせて遠距離。物理職と思わせて魔法。息も吐かせぬ遠距離の連続射撃。複数種類の戦法を使い分ける。
 万能な戦い方だが、特化した人間には大きく劣る。常に相手の弱点を突き続けてアドバンテージを稼ぐ。
 PVPの特訓は、常に手札を使い、得られるアドバンテージとタイミングを意識して、だが手札を使わずに戦闘技術を磨くだけに留めている。
 数日間の訓練は、レベルの上がりは遅いが、プレイヤースキルは確実に上がったと思う。
 フェイントは相変わらず当たるが、回避は上達した。それ以外は……聞かないでほしいが。
 上達すると起こる問題として、手札不足を感じる。

 あの場面では、こういったものがほしい。
 この場面では、こういう攻め方が出来れば。
 その場面では、この方法よりこんな方法の方がより多くのアドバンテージを稼げる。

 そういう場合は、センスで補ったり、自力でプレイヤースキルを磨くしかないのだが、俺の場合は、生産職を生かしアイテムを作る。

 まぁ、長々と話したが、ぶっちゃけると夜のPVPの特訓まで時間が空いてしまった。
 学園祭前の忙しいはずの時期に一部の人間は、早帰りが許された。まぁ、あまり大勢が教室に残っても邪魔なだけなのは分かるので、大人しく従い、OSOへとログインしたわけだ。

「やっぱり、擦れ違いに即効性のあるアイテムが欲しいよな」

 威力は極小でも構わない。当てた相手だけにダメージがあるダメージポーションや爆弾など。
 マジックジェムは、俺の手札の一つだが、発動条件がキーワードの詠唱と発動までの五秒間。それらの調節は、常に相手が自立した意志を持ち、特定の運動を繰り返さない人間相手には、困難だった。

「それに、矢の改良とかも可能だよな」

 現状、使用している矢は、ノーマルな鉄の矢だ。これが相手と接触した瞬間に爆発するようになれば、盾での防御や剣や槍での撃ち落としを封じることができる。
 いや、PVPのモードによっては、敢えて当たりに行って相手の隙を無理やり作ろうとする人もいる。場面に合わせて考えると、当てること自体では無く、当たった時に影響を及ぼす矢もあれば、良い。手札は多いに越したことはないのだから。

「矢の改良は、着弾爆破型、接触影響型はできそうだよな。それと粗悪品でも速さと使いやすさのある道具」

 一つでも作れれば、御の字という程度の認識だ。

「モンスター対策や自己強化にアイテム開発してたけど、本当にPVPとは使う層が違うよな」

 一人工房内で呟いても始まらない。と思い道具を並べていく。
 今回使うのは、合成セットだ。
 実は、一つだけ構想はあった。いや、実際にモンスターには効果がほぼ無かったためにお蔵入りしたアイテムだ。

「それじゃあ、二種合成。鉄の矢と毒薬でもやりますか」

 簡単な構想だ。狩人は、蛇から採取した麻痺毒を矢に塗り、獲物を仕留めることがあった。
 余談であるが、蛇の毒は、複数のタンパク質で構成されているために、胃に入ればアミノ酸に分解されて無毒化される。
 だから、食べても平気かと問われると、条件として胃や食道に傷が無いとか色々あるために食べることは勧められない。

「……まぁ、できるよな。これは」

 簡単にできたのだ。


 毒の鉄矢【消耗品】

 ATK+5 追加効果:毒1


 毒3を喚起する毒薬を利用して毒1になるのだ。という事は、毒性が二段階弱まる。効果を強くするには、より強い効果の毒薬から合成しないといけなくなる。
 俺は、毒2で合成を実験し、合成失敗。毒4の合成では、予想通り二段階下がった状態異常が付与された。
 細かい法則や気が付いたことをノートにメモしながら、他の八種類の状態異常の矢を合成していく。
 数は、多くない。精々各種十本出来上がれば、十分だ。

 しかし、こんな簡単な物を何故作らなかったのかと問われれば、かなり言葉に困るが、言い訳をすれば向ける相手がMOB相手だからだ。
 意外と多くのMOBには、特定の状態異常の耐性があったりする。また、無いMOBでも同一個体に何度も使うことで成功率が下がり、状態異常に掛かったままMOBを倒すと、食材アイテムが汚染され、味が悪くなるのだ。
 この毒化された食材は、残念なことに俺の料理センスのレベルでは無毒化できなかった。リゥイの浄化もレベルが足りずに無毒化できなかった。
 元々、毒性を持っているモンスターの肉だが、俺は無毒化できるのでその有用性を損ないたくない。という理由でお蔵入りした構想。

「麻痺や気絶、眠りは、どのPVPのモードでも有用だけど、混乱、怒り、魅了は、複数相手のバトルロワイアルくらいにか使えないかな。残る毒と呪いは……」

 毒は、最大HPの1%を減少させる。つまり、毒や呪いのスリップダメージは、攻撃判定が無いために使える場所は、制限時間内にどれだけHPを削るかの、ライフバトルなどに限定される。
 呪いは、毒のMP減少バージョンと考えられる。また、ランダムで様々な負の能力が付加される。定番は、装備変更不可や魔法の使用不可、回復量減少など。珍しい呪いでは、他の状態異常を延長させたり、受けるダメージを増加させたり。
 かなり、変則的な内容で運任せや制限された場での手札となるために、使い辛い。

「それに、この状態異常って特定部位に直接与えないと通用しなかったり、そもそも影響しない敵がいるから事前に情報は必要なんだよな」

 非生物系の代表であるゴーレムや鱗で体を覆われているブレードリザードなどは、状態異常喚起を直接使っても効果は無い。そもそも完全無効のゴーレムは効かず、ブレードリザードは、特定部位に使わなければ、効果は無かった。
 そもそも矢自体には需要が少ないのだ。発想としてはあり得るが使う人が限られるアイテムである。
 まぁ、人の弱点部位は、ほぼ全身と言っても過言ではない。鎧等で防いでも、手足や顔などに散布すれば、毒に掛かる。

「毒矢シリーズとでも名付けるか。もう一つの構想も、法則上が可能なんだろうけどな」

 マジックジェムやエンチャントストーンを作る上で必要な【付加術】の【技能付加(スキル・エンチャント)】が全て元となっている。
 一つは、【技能付加】の法則は、自身の持つスキルや魔法をアイテムに込めることができる。
 スキルを込めるアイテムには、込められるスキルに応じたランク以上の物でなければ、失敗する。
【技能付加】には、発動するキーワードを事前に登録しておく必要がある。
 最後に、【技能付加】で込められたスキルを発動させると、アイテムは消失する。

 この四つの条件から言えば、別に【付加】や【ボム】の魔法を石や宝石に込める必要はない。
 ランクの高いアイテムであれば、剣だろうが、槍だろうが、なんでも良いのだ。
 だが、剣や槍などの武器を使い捨てるのは、損得で考えれば損の方が大きい。俺が、石や宝石に込めるのは、一番形状加工し易く、安価なのが原因だ。

 なに? お前には、高価、非効率、ロマン砲はないのか? だと。元々、コスト・パフォーマンスの悪い弓職に何を求める。今までだって外部受注すれば、ゲーム破産する勢いだぞ。

 ともあれ、矢にボムの魔法を付与することができるのだ。ランクさえ高ければ。

「失敗だよな。銀でもダメか」

 合成で作り上げられる矢は、木、石、鉄。そして銀の鏃を使用している。
 そのどれもが【技能付加】に耐えられずに消滅する。

「これ以上になると、素材が無いか。まぁ、矢に魔法付加ができないなら、爆弾と矢の合成から着手した方が近道だろうな」

 一度、確認できた内容をノートへと書き込んで、合成キットを仕舞い、調合素材を並べる。

 並べられるのは、爆弾とダメージポーションの原料。
 南側の湿地で入手できるアイテムで、ムーア・フロッグのドロップアイテムであるムーア蛙の胃袋、粘菌スライムのドロップの強酸性ゼリー。
 採取アイテムでは、爆裂茸と黒色石。

 まずは、ダメージ・ポーションから作ってみよう。
 胃袋を刻み、蒸留水を少し加えて、良くすり潰す。
 その液体を強酸性ゼリーに加えて、よく掻き混ぜ、加熱して濃度を濃くする。
 この手作業の時の注意点。あまりに濃度を濃くすると道具自体に酷いダメージが発生――買い直しが必要――のために、濃度が濃すぎた場合には、蒸留水を加えて濃度調節をする必要がある。ここが難易度の高いポイントだ。
 そうしてできた黄色掛かった濁った液体こそがダメージ・ポーション。


 ダメージ・ポーション【消耗品】

 HPダメージ【-30±5】


 手作業での作成にまだ納得がいかないが一回目だと割り切り、それをインベントリに収める。この作り方の手順は、図書館の薬学のレシピ本に簡単な手順が書かれていた。他にも、言語学のセンスの方がやや先行しているためにいくつもの組み合わせは知っているが、材料が足りない状態と言えよう。

「うーん。まぁ、毒というより酸とか腐食液とかそんな感じだよな。それにしても、作ったものがスキルでの作成と殆ど同じってことは手順や材料の扱い方に何らかの工夫が必要だろうな」

 普段のセオリー通りに、素材である胃袋と強酸性ゼリーを乾燥させる。胃袋は縮れた乾燥肉のようになり、ゼリーは固形物質に変わった。
 乾燥させた素材で同じ手順でやったが、ダメージ・ポーションにならなかった。片方が乾燥素材を利用した場合などを試したが、乾燥させては、ポーションは完成しない。そして効果に影響を及ぼすのは、手順が原因だと思われる。
 今度は、段階ごとに複数パターンの違いでダメージポーションを作成した。
 胃袋を刻み、蒸留水を加えた段階で肉片を濾紙で取り除く手順。
 ダメージポーションができた段階で濾紙で不純物を取り除く手順。
 蒸留水を加えた濃度。などを細かく検証する。

 結果としては、不純物を取り除くことで濁ったダメージ・ポーションが透明になり、効果が上昇した。
 ダメージ・ポーション完成時に濾紙を通そうとすると、濾紙がグズグズに溶けてしまうために、混ぜ合わせる直前、もしくは、限りなく濃度を薄めた状態で不純物を取り除く必要が出てくる。
 俺の導き出した手順は、胃袋を刻み、すり潰し、蒸留水を加え、濾紙で液体と不純物を分ける。
 そして、そこに強酸性ゼリーを加えて、よく混ぜ合わせ、加熱。
 効果は濃度が高くなればなるほど威力が上がる。限界まで濃縮したダメージ・ポーションが、これだ。


 ダメージ・ポーション【消耗品】

 HPダメージ【-70±5】


 初期に比べれば、威力は倍近くまで上がっているのだが……

「これだけでプレイヤーを倒すためには、何十本も必要なんだよな」

 主に俺のHP基準だが、一本でHPの2%ほど削る。意外と多く感じるだろうが、HPに特化していない俺での換算だ。このダメージ・ポーションは、防御に関係なく固定ダメージを与えるアイテムだ。これから先HPが二次関数のように上昇するかもしれない。現状でもHP特化でHPの回復速度増加するようなセンスを装備しているプレイヤーには、蚊の一刺し程度の威力しかないだろう。
 そもそもボスモンスターのようなプレイヤーのスペックを遥かに超えるような敵にダメージ・ポーションを使っても、さして効果は得られないだろう。

「まぁ、組み合わせる素材によっては、威力が変動するかもしれない。これも研究が必要だな。だが実際に、どのように使うかを体感する必要もあるし……使ってみなきゃな」

 PVPで攻撃認定されても、当て辛かったらそれだけで手札にはなり難い。

「ダメージ・ポーションの改良だけで時間が掛かったな。爆弾作る時間もないし、改良までするほどの材料はこっちないしな。今からでも草原の草食獣を相手にアイテムテストしても良いかもな」
 今あるダメージ・ポーションを自身のインベントリに収めて、店から出た。
 一番近くで外へと抜けられる南門に足を向けるが、門の直前でフレンド通信が入る。

「クロード。お前が通信って事は、防具ができたのか?」
『ああ、完成した。取りに来るなら待っているが、場所的に来れないならNPCに預けておく』
「大丈夫だ。すぐに行く」

 俺は、元来た道を逆走して、クロードの店へと辿り着く。
 店の入り口を潜れば、元気の良い挨拶が俺に向かって投げられる。
 NPCとプレイヤーの混じる喫茶店のような雰囲気を通り抜けて、奥のカウンターに座るクロードの前に立つ。

「相変わらず早いな。頭部の防具は、できている。そもそも、最初にデザインは決まっていたからな」

 喫茶店の更に奥へと案内され、見せてもらった頭部の防具デザインは、大きめの頭巾。いや、独立したフードのような感じだ。厚手の布ベルトと金具で胸元で調節でき、黒革が肩を覆うようにジャストフィットし、背中の肩甲骨あたりを布が覆う。
 頭部防具と言うよりも外着と一体のような感じだ。フードも邪魔になるようなら、後ろへと外せば問題ない。


 CS№6オーカー・クリエイター【頭部】

 DEF+25 MIND+25 追加効果:【DEXボーナス】【認識阻害】


「いいんじゃないか? 俺としては、他人の煩わしさから解放されるために、頼んだんだけどな」
「まぁ、強化素材が【暗者の泥土】ってことは予想できていた。では【認識阻害】の効果を説明する。
 認識阻害の追加効果は、相手にこちらの外部情報や存在感知を阻害する効果がある。例えば、相手のアーツ発動を察知する【看破】【第六感】【見切り】などの所持者に対して、こちらの予備動作が察知されない。また【隠密】などの気配遮断や発見減少系統のセンスと併用することで、相手へと奇襲が、より確実になる」
「主にPVP向けか」
「それもある。もう一つは、装備者の名前の任意の表示だ。フレンドリストやパーティーでの名前の非表示、また、フードを目深に被れば、相手からは顔が認識され辛くなる」
「……それでもまだ完全に隠れられないな」
「だからこれは、おまけだ」

 そう言って、別のアイテムも渡される。
 鞣した革で作られた仮面。別の革を使ったように真ん中を境に左右で茶色っぽい色の濃淡に差があり、そこがどこか温かみを感じさせる。


 傷み受けマスク【装飾品】重量:2

 追加効果:【傷み受け:布防具】


「おまけだから防具性能は、求めるな」
「……これも、お前が?」
「革と布専門の防具職人だぞ。アクセサリーも含めて防具の一部だ。説明をするが追加効果【傷み受け】は、蓄積する防具へのダメージを一部肩代わりする」
「へぇ~。これが壊れたらメンテナンスの合図か」
「この傷み受けは、防具は、布、革、金属。武器なら木工と金属と確認されているのは現状五種類だ。お前の場合は、細工のレベルを上げていけば【傷み受け:金属武器】と【傷み受け:金属防具】が習得できるはずだ」

 なるほど、便利な道具と情報を貰ったのは嬉しいな。
 けど、俺には直接、恩恵の薄い効果だろうな。

「有難く貰うとしよう」
「ギルド勧誘や何やらでストレスフルで辞められるよりはマシだ」
「やっぱり、知ってたか?」

 当然だ。と一言言うクロード。
 全く、有難すぎだ。と思いながら、早速防具とマスクを装備する。
 独立したフードを被り、マスクを装着するが、息苦しさや圧迫感は感じない。そもそも、マスクが視界を制限することは無く、内側から透明になっているように見える。不思議な感覚だった。
 鏡に映る自分の姿を見て、マスクを着けていると変か、とも思った。

「少し目立つんじゃないか?」
「常にフードを被っていれば、顔が【認識阻害】で隠れる。まぁ、保険だと思って着けておけば良い」

 そう言われて、それもそうか。と納得して、一度装備を外す。
 顔は認識されなくても装備で認識されるのではないか、と思うが、そもそも俺に親しい人以外は殆ど、あのキャンプイベントのワンピース姿が真っ先に思い浮かぶだろう。不本意ながら。

「じゃあ、俺は帰る。また夜に」
「ああ、今夜のツマミは何だ?」
「また酒かよ。全く、今夜は、ビックボアの生姜焼きだ」

 その言葉を去り際に残せば、背中越しに微かな喜色が感じ取れた。
 さてと、次はミニ・ポータルを買うか。
 そう思い、町の中央に位置するNPCから100万Gと高額なミニ・ポータルを購入した。
 文化祭が終わったら少し【アトリエール】の限定依頼でも解禁して金稼ぎに集中するかな。

N0771E-104
xinqing11
ついに最終回です。
パート1に引き続いて、暴力シーンがありますので、ご注意を。。。
ともかく長いので、休憩入れながら読んでやってください。
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最終話-2

 最後まで抵抗していたマキシム王の腕が床に伸びると、ローレンはやっと彼の体から降りた。マキシム王が掴んでいた指の痕が、ローレンの動かない右腕に赤く残っている。
「これは……どういうことだ?」
 ゴーティスが尋ねると、ローレンは立ち上がり、右腕に残った痕を不快そうに見つめた。
「この王には俺にも何かと恨みがある。あんたのためじゃない。この王国が崩壊するかもしれない機会に、俺の復讐を果たしただけだ」
 ローレンはちらりと後ろにある入口に振り返ると、マキシム王の死体の脇に放り出された剣をゴーティスに示した。
「マキシム王の剣をとれ。衛兵たちが押し寄せてこないうちに、ここから早く脱出するぞ」
「俺を助ける気か?」
 ゴーティスは怪訝に思いながらも、床に転がった剣を拾い上げる。
「俺が復讐を果たすまで、あんたには生きていてもらわなきゃ困るんだ」
 彼は決して好意的ではない視線をゴーティスに向けた。
「ジェニーのために、この城から出るまで俺はあんたに手を出さない」
 彼が妹思いだということは、ゴーティスも伝え聞いている。この男は、マキシム王がジェニーを死に追いやった事実を、まだ知らないはずだ。
「わかった。俺がカイルに報復したら、そのあとは、おまえの復讐でも何でも受けて立とう」
「カイルに報復する? 一連の事件に腹は立つだろうが、あんな奴、放っておけばいい。どうせ、この国と一緒に自滅するさ。あんたの国の軍もそろそろ湖岸に着く頃だ」
 軍が動いた――ああ、ゴーティスが逃がした近衛兵は、役目を果たしたということだ。モンクレール ダウン
モンクレール
モンクレー ダウン

 ゴーティスは感銘を受け、白み始めた窓の外を眺めた。湖の上には灰色の霧がかかり、ゴーティスの目には何も見えない。
「急げ! ここでのんびりしてる間に、あんたを救おうと城内に忍び込んだジェニーが命を落とすかもしれない。早く剣をとって仲間に合流しろ!」
 ローレンの声に、ゴーティスは立ちすくんだ。
「ジェニー……だと? ジェニーは、生きておるのか?」
「当たりまえじゃないか!」
 ローレンが憤慨して怒鳴った。
「あんたのために、ジェニーは今頃、ここの奴らと剣で戦ってるんだ!」
 ローレンはそう叫び、ゴーティスの手から滑り落ちた剣を見て、不審そうに眉をひそめる。
「まことか? 死んではおらぬのか? あやつは今も生きて……息をしておるのか?」
 ローレンの返答はなかったが、ゴーティスを不可解そうに見返す彼の目が、ジェニーの生存を物語る。彼女の絶対の味方である彼が、ジェニーの生死について嘘をつくわけはない。
「生きて……おる……」
 ゴーティスは大きく息をついた。安堵のため息はあまりにも深く、ゴーティスが床に落ちた剣に手を伸ばすと、眩暈を覚えた。
 だが、剣に触れたゴーティスの手には不思議な力がみなぎる。ゴーティスの指の先が触れたそれは、剣の形をとった勇気だ。
 ゴーティスは小城にある月の女神像を思い浮かべ、彼女に短い祈りを捧げた。
 ――ジェニーに加護を。
 ――我が国に勝利を。
 でも、祈りはしたものの、ゴーティスには予感があった。ジェニーがこの城内にいるのなら、勝利はもうヴィレールの手の内だ。月の女神はまた、戦の神でもある。それはまた、ジェニーも然り。
 だが、部屋を出る直前で二人は足止めをくらう。入口前の通路に倒れた衛兵を跨ぎ、顔を赤くしたカイルが入って来たのだ。彼もまた、その手に剣を握っていた。


 カイルは後ろにもう一人、衛兵らしい男を従えていた。
「ロハン、この裏切り者め!」
 カイルは肩をまわすと、剣をまっすぐにローレンに突きつけた。
「ヴィレールと通じて奴らを引き入れたのはおまえだろう! おまえはどれほどこの国に恩義があるのか、忘れたわけじゃないだろうな? レオポルド様は、俺が決して招かれない寝所にさえおまえを呼び、特別に目をかけておられたのに!」
 ローレンが顔を引きつらせて笑った。
「俺はヴィレールと通じてないし、こいつが俺の仇なことに変わりはない。でも俺は、この国に恩義なんか感じちゃいない。あの変態王め、いつも足元を見やがって……! 俺はこの国の塩にしか、興味はないんだよ」
「なっ……なんて恩知らずな!」
 激昂したカイルの小さな目が、突然、瞠目する。彼の目は、床にあるマキシム王の死体にくぎづけだ。
「……おまえ、まさか……まさか、その手でやったのか? それとも……」
 ローレンの剣は当然ながら、ゴーティスの持つマキシム王の剣も血で汚れている。二人の剣を見比べたカイルが、剣先を床にたたきつけながら、唸った。
「ああああ、レオポルド様! くっそう、おまえたち二人とも、生きてここを通れると思うな!」
 カイルの剣が二人の間を割り、ローレンとゴーティスはそれぞれ左右に避けた。すると、疲労した体が急な動きに反応しきれないのか、ゴーティスはよろめいて、床に膝をつく。床面が前後に大きく揺れたように感じられたのは、ゴーティスだけの錯覚だろうか。
 カイルの低い笑い声が響いた。
「はは、ゴーティス王、動きが鈍いじゃないか! でも仕方ないか、あんたが毎日飲んでた水には少量の毒が混ざってたからな。今頃になって利いてきたんだよ」
 カイルの歪んだ笑顔から振り出された剣を、ゴーティスはかろうじて防いだ。普段なら剣を弾き飛ばせる力が、ゴーティスの腕に少しも集まらない。息切れがする。多少の毒に慣れているはずの体が想像以上に弱っている。
 だが――ここで死んでなるものか。
 故国の軍が、彼らの王を奪ったこの国に集結しようとしている。ジェニーが生きている。
 愛する男を救うためだけに敵地に乗り込んだ、向こう見ずで勇敢な女の顔をもう一度見るために、ゴーティスはこの場を生き抜く必要がある。
 剣の交わる音がゴーティスの頭の中に反響し、動悸がして、ゴーティスは弱い吐き気に襲われた。ちょうど、カイルの背後で、ローレンが衛兵の剣を頭上で受け止めたところだ。
 カイルの振り切った剣がゴーティスの腕部分の服を裂いた。肉まで裂かれたような衝撃だったが、白地の服には血が薄く滲み出しただけだ。
「死んだ女なんかに操を捧げないで、さっさと女を抱いとけばよかったんだ。そうすりゃ、あんたが楽しんでる間に、俺が女ごとおまえを串刺しにしてやれたのに!」
「ほざけ、ジェニーは死んでおらぬ!」
 すると、逆上したらしいカイルがゴーティスに剣を振り下ろし、応戦したゴーティスの剣に一気に体重をかけた。その力を押し返し、押し返され、ゴーティスとカイルは一歩も譲らずに、立ち位置をぐるりと変える。
 と、ゴーティスは突然、何かに足をとられて体勢をくずした。足が滑り、体勢を立て直すこともできずに床に落ちた。剣は床に打ちつけられる前に何かの物体に刺さり、無情にもゴーティスの手から離れていく。
 倒れたゴーティスの顔の横に見えたのは、血だまりに浸かったマキシム王の娘の体だ。ゴーティスは彼女の服の裾に足をとられたのだ。
「ははははは! おまえの運もここまでだ、ゴーティス王!」
 明るさを増した室内にカイルの笑い声がこだました。ゴーティスが見上げる彼の口が、やけに赤く見えた。
「地獄に堕ちろ!」
 カイルの腕が剣を振り上げ、ゴーティスは娘の体に刺さった剣に手を伸ばした。
 生きることをあきらめはしない。祖国が、ジェニーが、娘カミーユが、ゴーティスが生きることを望んでいるのだ。

 ゴーティスが剣の柄を掴み、襲いかかってくるだろうカイルの剣を満身の力ではね返そうと構えたとき、カイルの剣が宙で揺れて止まった。怒りに染まっていた彼の顔が戸惑い、その目がゴーティスから逸らされ、別のあらたな怒りが彼の唇から暴発した。
「こっの……ローレン!」
 怒り狂ったカイルが振り返ると、その腰から真っ赤な血が溢れ始めた。そしてその直後、ローレンの背後にいた衛兵の剣が、ローレンの背中に襲いかかる。
「ローレン!」
 ローレンは顔をしかめて右足を大きく一歩踏み出し、ゴーティスを見た。
 だが、彼は勇者だ。すぐに衛兵に振り返り、鮮やかな剣さばきで男に致命傷となる一撃を与える。ローレンの背中には、右肩から斜め下に向かって、大きな長い傷が走っていた。
「ローレン、危ない!」
 だが、反撃を果たしたローレンを待っていたのは、カイルだ。振り返ったローレンにカイルが体当たりする。
 ゴーティスが起き上り、カイルの体に伸ばした剣は届かなかった。苦痛に歪んだローレンの顔がカイルの震える肩先から見えなくなったのは、そのすぐ後だ。
「おのれ、カイル!」
 ゴーティスが次に伸ばした剣はカイルの背中を斜めに斬った。カイルは悲鳴をあげて床に膝をつき、ゴーティスの攻撃から逃れようとして床を転がる。それを追おうとして、ゴーティスは、床に崩れ落ちたローレンの腹から湧水のように血が噴き出しているのを見て、言葉を失った。

「……あいつを逃がしていいのか?」
 カイルが消えた入口を見たあと、ゴーティスはローレンの怪我に視線を戻した。
 ひどい出血だ。カイルを追っている間にローレンの命が果てるかもしれない。
「血を止めようとでも思ってるんだろうが……無駄だ。この傷の深さは、自分でもよくわかってる。カイルにしてはよくやったよ、致命傷だ」
「よい、もうしゃべるな。今少し耐えれば、おまえの妹に会えよう」
 ゴーティスがローレンを助け起こそうと彼の肩に触れると、彼はその手を押し戻した。
「仇の情けはいらない」
 ローレンが咳きこみ、赤い唾を吐きだした。彼は急いで口を拭ったが、唇の周りに血が残っている。
 ゴーティスが隣に跪くと、ローレンは反抗的な目で見返した。今や懐かしささえ感じる、ジェニーと同じ反抗的な態度だ。
「……なにゆえ、俺を助けた?」
「俺はあんたを……この手で殺したかっただけだ」
 ゴーティスが見つめ返していると、彼の目が次第に戸惑いを帯びてくる。
「では、今しばし生きて、殺せばよい」
 疑わしそうにゴーティスを睨んだローレンの体から力が抜け、ゴーティスはその頭を手で支えた。ローレンは抵抗しなかった。震えながら深い息を吐き、いまだに出血し続けている腹を手で拭う。
「おまえを殺せば……俺がジェニーに、殺される……」
 ゴーティスはジェニーの顔を思い出し、思わず微笑んだ。ともに勇敢な兄と妹が剣を交わらせる姿は圧巻だろう。ローレンがゴーティスを見て微笑むのは、彼が同じ女の顔を思い浮かべているからに違いない。
「だが――それでは、おまえは俺への復讐を果たせまい」
「いや……」
 目を閉じたローレンの顔色が土色に変わっていた。ゴーティスがこれまでに何十回と見てきた、死人の顔に近づいている。
「ローレン? ローレン、眠るな! まだジェニーと会っておらぬではないか!」
「うる……さいな」
 ローレンは顔をしかめて瞼を開き、ゴーティスを非難するように見た。
「……復讐は果たせるさ。あんたがジェニーと一緒にいる限り、顔を見るたび……あんたは、俺に救われた今日を思いだす。ああ、いい気分だね……あんたはずっと、俺に感謝して生きるんだ……あんたは俺に一生、頭が上がらないんだよ……」
「待て、まだ行くな!」
 眠るように静かに閉じていくローレンの瞼を見て、ゴーティスは彼の体を揺さぶった。彼は目を開けなかったが、眉が不快そうにひそめられる。彼の意識は、まだ残っている。
 でも、この世が彼を引きとめられる時間はもうわずかだ。彼の息があるうちに、ジェニーと何とか引き合わせなければ――。
 ゴーティスが剣を掴んで立ち上がると、窓の外に広がる薄い闇の向こうに、霧がはれた湖が見えた。湖上に、おびただしい数の白い物体が浮かんでいる。
 それが何かを特定すると、ゴーティスの目頭が熱くなった。萎えた膝に力が戻ってきた。
 ゴーティスの見慣れたヴィレールの国旗が掲げられた船が、びっしりと並んでいた。彼らの王を奪ったマキシム王国に報復しようと、湖から国を包囲したヴィレール軍だ。
 ところが、そんなとき、ゴーティスの耳に廊下を疾走してくる足音が聞こえた。相手は一人だ。
 こんなときに。
 こんな大事なときに。
「すぐに戻る」
 ゴーティスは寝かせたローレンに言い残し、剣を手に、部屋を走り出た。


  *  *


 ジェニーは廊下の角を曲がり、暗闇を反対方向から向かってくる影に気づいた。男だ。この国はいつまで、ジェニーをゴーティス王から阻もうとするのだろう。
「お、おまえは、ジェニー……!」
 剣を掲げたその男は、カイルだ。ゴーティス王を拉致し、この城に連行した張本人。
「会いたかったわ、“カイル”」
 ジェニーは身構え、剣をカイルに向けた。日常的に剣を扱う男とまともにやり合うのは利口ではないが、怪我を負った男なら、それも当てはまらないだろう。カイルは返り血も浴びているが、彼の服が腰の部分で横に裂けていて、一帯が血で染まっている。彼が右側をかばうように歩くのは、彼が傷を負っている何よりの証拠だ。
「はは、こんなところにまで現れるとは、なんと勇ましい愛妾だ! 王と一緒にわざわざ死にに来たか!」
「死ぬのはあなたの方よ!」
 ジェニーが繰り出した剣をカイルが受ける。彼がジェニーの力に負けることはないが、ほかの男たちと比べれば、彼の衰えは明らかだ。どちらも一歩も譲ることなく、二人はその場をぐるぐると回る。
「この女!」
 ジェニーの剣を押し返すことにやっとのことで成功し、カイルは肩で激しく息をつきながら、ジェニーを睨みつけた。
「動けば動くほど傷が広がるわ。早くらくになった方がいいわよ」
 ジェニーがカイルの腰の傷を示して言うと、彼はむくんだ顔を怒りでさらに膨らませた。
「俺は女が大嫌いだ。同じ空気を吸うのだって嫌だ。あんたはあんな生き物と少し違うみたいだが……それでも、女にやられることだけは絶対に許せない!」
 再びジェニーに襲いかかった彼は、剣を合わせながら、顔を醜く歪めた。
「知ってるか? あんたの兄は俺がこの手でさっき殺したんだよ」
 ジェニーは信じなかったが、そのわずかな動揺をカイルに突かれ、剣を押し返されて床に転倒した。
 彼は嘲笑したが、でも、ジェニーがそのまま反撃しないと思ったことが間違いだ。ジェニーはすぐさま剣を拾うと、床を転がりながら、彼の足をその剣で振り切った。
「ぎゃあああっ……!」
 雄たけびのような悲鳴とともに、カイルの体がジェニーに降ってくる。ジェニーは手をついて逃れたが、髪を何かに引っ張られ、再び床に転がった。背後でカイルの笑い声が高く響いた。
「カイル……!」
 ひとつに小さく束ねていたはずのジェニーの髪がほどけ、その先端をカイルの手が掴んでいた。
「女ってのはやっぱり不便だな! 男の気を引くつもりか知らないが、こんなに長く髪を伸ばすからだ! 大体、女が戦いの場に出るなんて、俺は――」
 カイルの手は引っ張る対象を失い、ジェニーが剣で振り切った髪の先を掴んだまま、ひっくり返った。
「おまえ! 髪を、髪を切るなんて……!」
 ジェニーの放った剣の先がカイルの首元にめりこんだ。彼が目を白黒させ、剣の埋まった箇所から血が勢いよく流れ始める。
「髪なんか伸びるわ。いつまでもしゃべりすぎよ……」
 だが、必死で抗おうとするカイルの手は、ジェニーを引き続き襲う。カイルは暴れ続け、ジェニーは彼の力に引きずられて仰向けに転がった。剣を保つ腕に力が入りきらなくなって、ジェニーは剣を両腕で支え、振動に耐える。
(早く、早く、王のところに向かわせて……!)
 そのときだ。
 カイルの胸に、剣の刃が上からまっすぐに突き立てられた。
「間に合ったか!」
 ひときわ大きなカイルの呻き声に続き、男の声がした。ジェニーが見上げると、サンジェルマンが笑い、ジェニーの横にしゃがみこんだ。
 かつて、これと同じ風景があった。ジェニーが危機に瀕したときに駆けつけた、サンジェルマンの笑顔。
 サンジェルマンはカイルの腕のまわりに散乱したジェニーの髪に目をやり、ジェニーに再び笑う。
「もう大丈夫だ、援軍が到着した。おまえの兄があちこちで起こした火事のおかげだ。燃え盛る火を見て、予定より早く軍が城に突入してくれた」
「ローリーが?」
 サンジェルマンは頷き、ジェニーを助け起こす。
「ジェニー、王はこの突きあたりの部屋にいるはずだ。早く向かえ」
 ジェニーは廊下の先を見た。
 この先に王がいる。
 今頃になって、ジェニーは王が死んでいるかもしれない恐怖で身が縮んだ。
 彼の死体を目にすることになったら……どうすればいい?
 ジェニーが立ちすくんでいると、サンジェルマンがジェニーの背をそっと押した。
「早く行け、ジェニー。王がおまえを待っておられる」
 でも、ジェニーの不安を、サンジェルマンの笑顔は払拭してくれる。

 待っていて。
 私が行くまで待っていて、ゴーティス王。

 駆け出したジェニーの目に涙がにじむ。王の顔を直接見るまで泣かないと誓ったのに、涙が押しあがってくる。
 突き当たりの部屋の前には、男が一人倒れていた。城の衛兵だ。
 ジェニーはさらなる敵の登場に備え、剣を抜いた。でも、正直なところ、もう、ジェニーには戦う力がそれほど残っていない。
 その倒れた男の手前に、滑るように、男が部屋から躍り出てくる。
「あ……」
 ジェニーの駆ける速度が落ちた。ジェニーの様子を窺う男の手には剣が光っている。でも、彼の頭は、その鈍い光とは違うやわらかな輝きを放っている。
「ああ!」
 男が足を踏み出すより先に、ジェニーは剣を投げ捨て、全速力で走りだした。この瞬間までずっと溜めこんできた涙が溢れだすが、ジェニーの目は彼をとらえて離さない。
「……ゴーティス王!」
「ジェ……ニー!」
 ジェニーが飛びつくと、彼の体はぐらりと揺れて後ろに倒れた。でも、倒れてもなお、彼の腕はジェニーの背を抱きしめ、ジェニーの頭をいたわるように抱きしめる。
「怪我は? 怪我はどこにもない?」
 ジェニーが顔を上げると、王の顔の上に、ジェニーの涙がぽたぽたと落ちた。王はジェニーの涙で濡れた顔を手で拭い、顔を引き寄せて口づける。
「おまえは? よくぞ無事で……こんなところまで来おって!」
 ジェニーは王の頭を抱きしめた。王がジェニーの背骨を砕きそうなほど、腕に力をこめ、ジェニーを抱きしめる。
「よくぞ生きて、よくぞ生きておってくれた……俺のために、おまえはカイルから死ぬほどの苦痛を強いられただろうに」
 王の口づけをもう一度受けながら、ジェニーはふと彼の誤解を思いだした。
「ゴーティス王、あなたが私だと思ってた人質は、私じゃなかったのよ」
「何――だと?」
 王が瞳を近づけて、真偽を確かめようとジェニーの瞳をのぞきこむ。
「本当よ。私はカイルに監禁されたけど、アリエルと一緒に逃げ出したの。私たちが王城に戻ったときには、あなたは既にいなかった」
 ジェニーは笑い、呆然とする彼の瞼にそっと唇を押しつけた。唇に触れる、彼の感触が愛しい。
「会いたかった。あなたが無事で……本当によかった」
 王はジェニーを腕に抱き、長いため息をもらした。
「……そうか、おまえではなかったか。俺はてっきり……」
 王は弱く笑う。彼の瞳も、涙に濡れてきらきらと光っている。
「愛してるわ。もう、どこにも行かないで」
「どこにも行かぬ。どこにも行かせぬ。おまえはずっと――」
 ふと、ジェニーを抱く彼の腕が離れた。
「ジェニー、おまえの兄がここにおる!」
 王はジェニーを胸に抱きながら身を起こし、ジェニーに彼が飛び出してきた部屋を指し示した。
「今ならまだ間に合う! 早く――」
 ジェニーは王の言葉を待たずに飛び起きた。


 ジェニーの兄ローレンは幸せそうに微笑んで眠っていた。顔に一切の傷はなく、今にも大声で笑い出しそうだ。腹を真っ赤に染める傷がなければ、彼はただ、深く熟睡しているだけに見える。
 ジェニーは膝をつき、家族に愛された兄の頬にそっと手で触れる。
 まだ温かかった。ジェニーが呼びかければ、彼は文句を言いながら、きっと起き上がってくれる。
 ジェニーの隣に並び、王が膝をつく。ジェニーが彼の肩に顔をつけると、王は静かにジェニーの背をたたいた。
「この男は俺をカイルから救ってくれたのだ」
 そうだ、そうだろう。彼はジェニーのために、ジェニーが愛する王を守ってくれたのだ。
 ジェニーは何度も頷いた。
 王のためだけにとっておいた涙は、もう枯渇したはずだ。涙を流す機会なんて、もうないはずだった。そんな機会など、要らなかった。なのに、どうして、ジェニーの涙は止まってくれないのだろう。
「ローリーも一緒に連れて行って」
「もちろんだ」
 王が動こうとすると、サンジェルマンが二人の前に跪いた。「私がお連れします」
 王がジェニーの肩を抱き、ふと、不審そうにジェニーの頭を見た。
「男に見えるように髪を短く切ったのか?」
「それは“名誉の負傷”ですよ、王」
 サンジェルマンが振り返って、二人に言う。
「彼女は見事に兄の仇をとったのです」

 サンジェルマンがローレンを担いで歩き出し、ジェニーと王が踵を返すと、部屋の戸口にケインが気後れしたように立っていた。
「無事に会えたんだ。よかったね」
 ジェニーと目が合うと、ケインが笑った。
 ジェニーの心配に反し、王はケインに怒鳴らなかった。怒っている様子も見せなかった。それにはケインも気づいたようで、彼は、王にぎこちなく笑いかける。王が、静かに頷いた。
「ご無事で何よりです」
「……こんなところにまで、よう来たな」
 ケインは驚いたように眉をあげたが、すぐにいつものような笑みに戻った。
「だって、あなたはヴィレールの王じゃないですか」
「おまえは――俺を許さぬと思うておったが」
「うーん。まあ、そう思ったことはあるけど……私の兄だし」
 王は眉をひそめ、彼から床に視線を落とす。
「……そうだな。今後は、もっと兄らしくなることを考えよう」
「そんなこと、いいよ。私の代わりに面倒な王位を継いでくれてるんだから、それで十分。私はとてもじゃないけど、兄上みたいに国や民のことを考えて行動なんかできないよ。私は好きな場所で好きな人たちだけに囲まれて暮らしたい。まあ、そりゃあ……ジェニーを失うのはとっても残念だけど」
 ジェニーを見て、ケインは笑う。
 王が咳きこみ、ジェニーの肩にまわされた彼の腕に重みが増した。
「城内に煙が充満してきたのかもしれません。王、早くここから脱出しましょう」
 ああ、と王はサンジェルマンに答え、ケインに顔を上げた。
「ジェニーに俺の体は負担だ。……ケイン、おまえの肩を貸せ」
 数秒間、ケインは王の顔を見て沈黙した。王も無言で見つめ返している。
 やがて、ケインがこわばった表情で王に歩み寄る。
 ケインに腕をとられても王は何も言わなかった。二人は言葉を交わさない。
 だが、王がケインに肩を預けると、ケインは王を見ながら微笑んだ。王は目を閉じ、ジェニーと繋いだ手をゆっくりと握りしめた。
 

 ライアンの守る階段までたどり着くと、そこは既にヴィレールの兵士たちによって占拠されていた。しかし、ジェニーが探すライアンの姿はそこにはなかった。
「ライアン殿は兵士たちに先に連れていかせました」
 ジェニーに語りかけるように、サンジェルマンは言う。
「王、あとで彼にお会いになってあげてください。ご立派でしたよ。ジェニー、彼が最期まで離さなかった剣は、あなたが貰ってやってほしい」
 ジェニーはライアンと最後に会った、数人の死体が置き去りにされた階段の壁際を見た。彼がジェニーを見上げ、最後に流した純粋な涙は、まだジェニーの脳裏に焼きついている。
「残りの者はまだ捜索中です」
 ――ユーゴとアドレーの安否はまだ不明なのだ。
 ジェニーは腕に巻きつけていたアドレーの首飾りを外した。
「ゴーティス王、アドレーから預かってる物があるの」
「アドレー、だと?」
 ジェニーが差し出して見せた首飾りを、王は目を細めて見つめる。
「これは……エレノアの首飾りではないか」
「そうよ。彼の一カ月前に亡くなった奥さんの形見なの」
 王が驚いた。
「エレノアが死んだのか?」
「そうよ。だから、アドレーは彼女の代わりにあなたに直接お礼を言いたいって……ここまで一緒に来たのよ」
 その先を、王はジェニーの口から聞かなくても察したようだ。ジェニーの手から首飾りを受け取ると、彼はしばらく、それをじっと眺めていた。
「アドレーはいい人ね。カミーユともいっぱい遊んでくれたわ」
「あの娘は俺に似て可愛い。かまいたくなるのも当然だ」
 ジェニーの前で決して認めなかった娘との親子関係を、彼はあっさりと口にする。ジェニーがつい唖然とすると、王はジェニーに手を伸ばした。
「カミーユに弟を作ってやろう。おまえの息子ならきっと、賢く、たくましく育つ。王としてふさわしい人間に育つだろう」
 王と手を繋ぎかけ、ジェニーは立ち止った。胸が鋭く痛んだ。
「……私は王妃にはならないわ」
 王は優しく、微笑み続ける。
「俺は、おまえにこのゴーティスの妻になれと言うておるだけだ。王妃ではない」
「同じことよ」
「同じではない」
「同じよ!」
「あいかわらず頑固な女だな。この俺の妻になるのが嫌なのか?」
 王に肩を貸すケインが二人の会話を聞き、おかしそうに笑う。
「ジェニー、何が問題なの? 妻になれば王に毎日会えるんだよ。食事も一緒だ。王の寝室だって、入りたい放題」
 妻の座にこだわりはなくても、どれもこれもジェニーが切望するものだ。彼と目覚め、彼と同じ食卓につき、毎日を笑いながら過ごすのは、どんなに素敵なことだろう。会いたいときに彼が手の届く近さにいることは、ジェニーがずっと、いつも、願い続けてきたことだ。
 ジェニーと繋いだ手を、王はぐいと引き寄せる。
「ジェニー、何が不満だ?」
「あなたにはもっと条件のいい妃候補がいるはずでしょう? その方がヴィレールの為になるの、だからよ」
 先に進んでいたサンジェルマンが振り返った。
「ジェニー、王と結婚した方がいい」
 ジェニーと視線がぶつかると、彼はにっこりと笑った。
「あなたは王とヴィレールの国のことを想い、民からも想われている。あなたの行動に感銘を受け、今回の援軍にどれだけの一般の民が志願したのか――あなたはわかっていないだろう。つべこべ言わないで、素直に王と結婚なさい」
 彼の驚きの発言にジェニーが王に振り返ると、彼はいたずらっ子のように笑って、眉をつり上げた。
「サンジェルマンの許可が出たぞ」
 ジェニーは口を押さえた。視界が涙で消えていく。
「このゴーティスの妻になれ、ジェニー。よいな?」
 ジェニーが王に首を縦に振る前に、彼は笑いながらジェニーの唇に唇を押しつけた。



 湖から吹き抜ける風の轟音とばかり思っていた音は、ジェニーたちが階下に向かうにつれ、人々の声だとわかる。
 かなりの人数だ。前方に見えてきた玄関を通し、大合唱が聞こえる。彼らが歌っているのは「勇者の詩」だ。ジェニーが闘技大会で耳にした、勇者を讃える歌。
「ケイン、もうよい」
 王がケインの手から離れ、一人で歩こうとした。だが、ここに着く途中から言葉を発しなくなった彼は、実はかなり弱っているようだ。ケインの支えを失い、王の足が大きくふらついた。
「まだ無理だ、兄上!」
「構うな!」
 王は厳しく言い放ち、壁に手をついて呼吸を荒げる。
「そんなこと言ったって……」
 なおも王に手を貸そうとするケインを、ジェニーはやんわりと止めた。
「いいの、ケイン。王は、ここからは自分の足で歩いていかなきゃならないの」
「なんで? あんなに具合が悪いんだよ?」
「彼はヴィレールの王なのよ。いいの」
「いいのですよ」
 サンジェルマンが、ジェニーを見て微笑んだ。
 呼吸を整えながら、王がジェニーに振り返って、弱々しく笑う。

 足をひきずるように歩いていた王が、朝の光に溶けるにつれ、背をまっすぐに伸ばしていく。
 大歓声だ。彼らの求める、彼らの王が姿を現し、大合唱は城にとどろくほどの大歓声に変わる。王が手を振ると、彼の無事を喜ぶ歓声が山のあちこちに反響して、ジェニーの立つ石の床が振動する。
 ジェニーは王の背中を見つめ、腕の鳥肌をなでた。
 彼を愛せるだけでも幸せなのに、これから先の彼が創りだす人生に付きあえるなんて、わくわくする。彼の一歩一歩を、ジェニーは追っていけるだろうか?
「王が帰れたのはあなたのおかげだ」
 ジェニーは、隣に立つサンジェルマンの誇らしそうな笑顔を見上げた。
「私だけじゃないわ。あなたやライアン様……みんなの力よ」
 彼は笑いながら、否定する。
「私が言ったのはそういう意味じゃない」
 

 歓声がいつのまにか自分を呼ぶ声に変わっていた。弱い朝日の中で、王の手がジェニーを呼んでいる。彼の髪は朝日と同化して、まるで天使のようだ。
 彼が放つ光はあまりに眩しくて、ジェニーは目を細める。でも、ジェニーが伸ばした手を、彼の手は確かに導いてくれる。
 ああ、きっと大丈夫だ。
 彼が一緒なら、きっと大丈夫。
 彼が起こす奇跡の一片一片を、ジェニーはこの先も必ず、ずっと見守っていける。

************************************************
ここまでお読みくださったみなさん、まずはお疲れさまでした。
そして、こんな長い作品を最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!

約2年も続いたこのお話は、これにて終わりとなります。
これまでにお読みくださった方はもちろん、拍手・メッセで激励してくださったみなさん、感謝してもし足りません!
本当に、どうもありがとうございました。
もしコメントなどいただけたら、今後の糧とさせていただきます。

- THANK YOU - XXX

1017_635
xinqing11
あった。

「ええ???、まあ、お世辞にも“お上手です”とは申し上げられませんが、少なくとも一般のロシア人にもおっしゃっていることが理解できるレベルですから、日本人の中では優秀な方だろうと思います。
私なんかは、大学で日本語を学んだのですが、センセイの場合は必要に迫られての独学だったそうですから、やはり文法の使い方など、一部には理解できない使い方をされることもあります。
それでも、日常会話はそれで十分ですし、何よりロシア人との交流を進めたいとの熱意がひしひしと伝わってくる話し方をされるものですから???。
ほら、日本人でもそうでしょう? 私のように外見が明らかに外国人だと、多少はおかしな日本語であっても、何とか言っている意味を理解してあげようと努力して下さるでしょう?
それと同じなんです。」
シェフは、そこまで言うと、にっこりと笑った。


(つづく)



第2話 夢は屯(たむろ)する (その1263)

「そ、それにしても???、凄い先生なんですねぇ。そんな先生に、お仕事、やってもらえるものでしょうか?」
源次郎はバック ブランド
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余りにも格が違いすぎるのではないかと不安になる。
行政書士の資格を得るだけでも相当な勉強が必要なのだろうし、ましてや、独学でロシア語を習得したのだと聞かされては、何か特別に頭の良い人であるように思えてくる。
シェフから「ご紹介できますよ」と気楽に言われたものだから、それこそ「渡りに船」と安直な道を選んだのだが、どうも源次郎が探していた「街の代書屋さん」とは別世界の人物であるような気がするのだ。

「大丈夫ですよ。何でも気軽に引き受けてくださるセンセイですから???。」
シェフは

1017_272
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辘恰⑿肖趣颏饯Ω妞菠搿?
美由紀も、その時には特に異議を口にしなかった。
それなのにだ。
突然、美由紀は運転手に「よくススキノへ行くのか?」と訊いたのだった。

問われた運転手の方が戸惑っていた。
源次郎も、その突然の美由紀の問いには驚いた。
「何てことを!」と男心に思った。
それでも、さすがは北海道随一の街で働くタクシーの運転手である。
「それは、観光地ですからね」と受け流した。
つまりは、「仕事ではよく行きますよ」とさりげなく答えたのだ。

ここからが美由紀の真骨頂だった。
「そうではなくっニューバランス m576
ニューバランス 1500
ニューバランス 限定
て???」と前置きをし、「ひとりの男として遊びに行くのか?」と問い直したのだ。
そう、20歳そこそこの女の子が大の大人な男性を捕まえて問うべき話ではなかった。
これには、さすがの運転手も答えにくそうにした。

ところが、美由紀はその答えを聞き出そうとはしなかった。
つまりは、深追いをしなかった。
その代わりにと言っては変なのだが、「私、行ってみたい」と言い出した。

運転手も源次郎も、その美由紀の言葉には唖然とした。
「女の子が遊びに行く場所ではない。」
それが共通した思いだった。

それでも、ここは美由紀本来の性格が前面に出た。
で、結局は、そのススキノへ寄り道をすることになったのだ。


(だからかもしれんな???。)
源次郎は改めて思う。

その直前に行った古い教会。
そこに立つかどうか、美由紀は相当に迷っていた。
事前にそれなりの準備をしていながらだ。
その一方で、ススキノへの寄り道は、急に思い立ったようにも見えたのだが、今度は頑として自己主張を曲げなかった。
つまりは、我侭を押し

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N1803G-408
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第二十二話 主天その七

「教師の世界には問題のある奴が多いのじゃよ」
「それは俺も感じてきた」
 実はそれは牧村も感じていることだった。これまでの学生時代でだ。
「あの世界はどうもな」
「日本人とは到底思えない輩も多ければ人格障害者も実に多い」
「全くだ。暴力教師に異常に神経質な教師にな。他にも色々いるな」
「少なくとも連中には公務員も多い筈じゃが」
 公立学校の教諭ならば公務員になる。もっともそれは意図的にかどうかはわからないが忘れられているのではないかと思えることが多い。普通人を防具の上からとはいえ竹刀で何十発も叩いたり床の上で背負い投げなどしては指導とはいえ懲戒免職を免れない。だがそれが一切お咎めなしというそれこそこの世に別世界が出て来るかの如き異常な現象が起こるのが教師の世界なのだ。これが日本の教育界だ。
「あれはどうなっておるのじゃろうな」
「あの世界は無法地帯だ」
 表情は出さないが言い切る牧村だった。
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「何もかもがやりたい放題だ」
「日教組は生徒を守る組織ではないぞ」
「教師を守る組織だな」
「それも日教組におる教師だけじゃ」
 これが日教組の実態である。そうした教師の教師の為の教師による組織なのだ。生徒をどうとか言うのは嘘っぱち、もしくは偽りの看板に過ぎないのだ。
「しかもその理想はじゃ」
「最悪だな」
「共産主義なぞ何にもならん」
 博士は珍しく忌々しげな口調になっていた。
「二十で共産主義にかぶれんと情熱が足りん。しかし二十を過ぎて共産主義を信じておるのは馬鹿者じゃ」
「確かチャーチルだったな」
「チャーチルは好かんがこの言葉は好きじゃ」
 博士の考えがわかる言葉であった。
「あの組織の本音は今も変わることがないのじゃよ」
「共産主義革命を起こそうと企んでいるのだな」
「そうした輩が今だにおるのは世界で日本だけじゃ」
 とりわけ学生運動に参加していた連中である。あのヘルメットエルメス バッグ 買取に覆面にゲバ棒を振っていた愚か者達の知能も思考も変わることがない。この日本史上に燦然とその愚劣さを記録させている輩共は何かにつけて若者達を愚弄する。しかし彼等こそがその愚弄する若者達にその知能も思想も何もかもを全否定されしかも自分達の『高邁な』理想とやらが永遠に実現されないものを理解していないのである。
「日教組も同じじゃ」
「とりわけ北朝鮮が理想だったな」
「あれは最早共産主義すらない」
 さらに悪質なものだと断定する博士だった。
「世襲の共産主義なぞ存在し得ないものじゃ」
「ではそうした国家を支持したり認める輩は」
「教師になっておること事態が異常じゃ」
 まさしくその通りである。我が国の左翼という存在は共産主義は共産主義でもそこには醜悪なエゴイズムや安っぽいロマン主義、ヒロイズムが加わって下衆なものなのだ。
「ああした連中は何よりも嫌いじゃ」
「それは俺も同じだ」
 牧村も共産主義は嫌いなのだった。嫌悪そのものを感じているのだ。
「共産主義になればどれだけの人間が死ぬかわかったものではない」
「革命?」
「それだっけ」
 妖怪達もそれが何と呼ばれるものかは知っているのだった。
「何か社会体制が変わるとかいうんだったね」
「それっていいことじゃないんだ」
「美名の中には醜い真実が隠されている」
 牧村は一言彼等に告げたのだった。
「革命はその真実は殺戮だ」
「何かすっごく嫌だね」
「そうだね。僕達無駄な命は奪わないから」
「そうそう」
 妖怪達にもその考えはない。これは確かだった。
「っていうか何でそんなことするの?」
「殺しまくるって何でなの?」
「敵だからだ」
 だからだと。牧村は彼等に告げた。
「敵だから殺すのだ」
「じゃあ牧村さんと同じ?」
「髑髏天使として魔物を倒す牧村さんと」
「いや、それはまた違うのじゃ」
 博士がここで妖怪達に説明をするのだった。
「髑髏天使はあくまで運命として魔物達と戦っておるな」
「五十年に一度生まれる髑髏天使としてだね」
「それでだったね」
「左様。しかし共産主義者とかそういう革命を考える者達はじゃ」
 違うというのである。

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第二話 天使その六

「御主等はずっといるじゃろうが」
「それもそうか」
「僕だって何百年もいるし」
「わしはまだ百年も生きてはおらんぞ」
 この言葉から博士が一応は人間であるとわかる。その外見からそれがあまり信憑性のないものに見えはするが。それでも人間なのであった。
「とりあえずはな」
「けれど二百年生きるんでしょ」
「この前そんなこと言っていたよね」
「サンジェルマン伯爵の薬が見つかればな」
 また随分と怪しいものである。
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「そうしたいのじゃがな。是非な」
「そんなに生きてどうするの?」
「何か目的があるの?」
「生きておればそれだけ楽しいことがあるものじゃよ」
 またいっぱい飲む前に塩辛を箸でつまんで口の中に入れた。口の中に塩辛の独特の辛味と味覚が口の中を支配していく。それは酒と実に合うものだった。
「それだけな。同じ程度悲しいこともあるがな」
「半々ってわけだね」
「楽しいことと悲しいことが」
「左様、あるのじゃよ」
 こう影達に述べるのであった。
「実際のところな」
「それでも楽しいことはあるんだ」
「だから生きるのはいいことじゃ」
 また酒を一杯飲む。
「悲しいことを受け入れられる心があればな。それだけでな」
「僕達には無理だね」
「ねえ」
 彼等は悲しみを受け入れることをここでは嫌がった。
「あの若い兄ちゃんだって」
「天使になったじゃない」
「うむ」
 話は牧村のことに移った。その異形の天使に。
「それって人間にとってはかなり辛いことだよ」
「多分悲しみばかりになるよ」
「おそらくそうなるじゃろうな」サマンサ
 博士にはもうそれがわかっているようだった。影達の話を聞きつつ静かに応えていた。目には達観を教える知的な光があった。
「楽しみは。天使である間はないじゃろ」
「じゃあ生きている意味ないじゃない」
「楽しくないんならさ」
「言ったじゃろう?楽しみと悲しみは半々じゃと」
 だが博士はまたこのことを述べるのだった。やはり達観した目で。
「じゃから。今は悲しみばかりでもじゃ」
「楽しみもあるってこと?」
「それと共に学ぶことも多々ある」
 多々あるとも言うのだった。学ぶことが。
「確かに楽しみは少ないじゃろう。じゃが見ること学ぶことは多い筈だ」
「そうなのかな」
「どうかな」
 影達にはわからない話のようだった。姿はよくわかあないがそれでも首を傾げているのはその声からおおよそのことが察せられるものであった。
「人間をな。見るじゃろう」
「人間を?」
「そう、人間をじゃ」
 影達に述べるのであった。
「見ていくじゃろうな。それから何を学ぶかは彼次第じゃが」
「何か全然意味がわからないよ」
「人間じゃない、彼」
 影達はまた首を傾げる声を出したのであった。どうしても今の博士の言葉がわからないのであった。
「それでどうしてまた」
「人間をだなんて」
「そのうちわかるものじゃ」
 だが博士はここでは答えなかったのであった。
「そのうちな。それもまた」
「やっぱりねえ。わからないよ」
「博士、もうお酒回ってるの?」
「回ってることは回っておる」
 自分でも飲んでいることは認める。
「しかしわしは幾ら酔っても大丈夫じゃ」
「だから余計におかしいと思ってるんだけれど」
「そこんところ本当に大丈夫なの?」
「じゃから。安心せい」
 声は笑っていた。
「この程度ではのう。さあ、もう一杯じゃ」
「はいよ」
 早速また一杯注がれる。それもまたすぐに消えてしまった。

N3944O-122
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第十話 信行の異変その三

「清洲、岩倉、そして犬山を征しです」
「大殿以来の悲願が果たされましたな」
「まるで夢の様です」
「ははは、夢か」
 今言ったのは川尻であった。その彼の言葉にだ。信長は顔を崩して笑ってだ。こう言うのであった。
「夢ではないぞ」
「しかし。まさかこうも瞬く間にです」
「確かに。この前清洲に向けて兵を出したばかりだというのに」
「もう尾張統一とはです」
「信じられません」
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「しかし事実だ」
 信長は確かな顔で家臣達に話した。
「今それが果たされたのだ」
「清洲も岩倉も犬山もひとかたならぬ勢力でしたが」
「その三つを瞬く間に併呑しましたから」
「そのうえは」
「まずは政に専念する」
 信長はここでもそれを第一に考えていた。
「尾張の水を治めることも大事だ。それには」
「はい」
「それには」
「まずは二郎」
 九鬼の名を呼んだ。当然彼もそこにいる。
「そなたと。そして」エルメス バッグ ガーデンパーティー「そして」
「小六」
 彼の名前も呼んだのだった。
「そなたの川側衆も役立ってもらうぞ」
「川を治めるのですか」
「この尾張、古来より水には悩まされてきた」
 川が多いのが尾張の特徴だ。それによって豊かな土壌が与えられてきた。しかしそれと共にだ。水害にも悩まされてきてきたのだ。
 信長はそれを治めようと考えていた。それで水に強い二人に声をかけたのだ。
「そなた等はそれぞれ水を知りそこに住んでいる者達を下に置いている」
「さすれば。我等の技をですか」
「川を治めることに」
「使わせてもらう。よいな」
「はっ、それでは」
「喜んで」
「川を治めそして」
 信長はさらに言う。
「やはり開墾は進める」
「それもですね」
「田畑を開墾しそれまであるものはさらに豊かにし」
「そうじゃ。街もさらに栄えさせる」
 そちらも忘れてはいなかった。
「よいな。尾張は治めれば治める程豊かになる」
「だからこそですか」
「政に力を入れられると」
「そうなのですか」
「そしてじゃ」
 信長はまた言った。
「この尾張を」
「どうされますか」
「無論尾張だけで終わるつもりはない」
 これは信長自身がいつも言っている通りであった。それはもう言うまでもないとだ。言葉の間にあえて入れてそれで言葉に出さずに言ってみせたのである。
 そしてだ。彼は言うのであった。
「尾張を拠点にしてだ」
「天下を」
「そうされますか」
「そこから天下を一つにしてだ」
 そしてだ。信長の夢を語ってみせた。
「この国に再び平和を取り戻すのだ」
「民も戦を恐れずに済みますね」
「それによって」
「まずは尾張の民からになるな」
 その彼等であった。
「富ますぞ」
「はい、では」
「我等も及ばずながら」
「そうするぞ。武田信玄に遅れを取るつもりはない」
 ふとだ。信長はこの人物の名前を出したのであった。武田晴信、出家し今は信玄という呼び名で知られるようになっているのである。
「あの男、攻めて荒れた地もよく治めるそうだな」
「どうやら武田の関心はそちらにあるようです」
「領地を治めることの方にです」
「わしと同じじゃ」
 信玄と己はだ。そういう意味で同じだというのである。

N7632B-685
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カカの天下685「お見舞いだってよ、がんばれタケダ」

 やぁ諸君、あけましておめでとう。タケダだ。

 クリスマスに風邪をひいて以来、治りかけてはぶり返し、また治りかけてはぶり返しを繰り返し、新学期が始まった今になっても布団から離れられない状況だ。

 まったく自分が情けない、しかし馬鹿は風邪をひかないという、さらに夏風邪は馬鹿しかひかないともいう。冬にこんな大風邪をひくとは、やはり俺は天才なのだろう。わっはっは――っくしゅ!
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「ぬぅ……そんなことを言いながら風邪で死にでもすれば本末転倒もいいところだ。早く治さねば……」

 そう、治さねばカカ君の顔を見ることができない。

 好きな女の子に会えない、男子にとってこれほど辛いこと
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coach バッグ 新作はないのだ。

「ああ……カカ君」

「なに」

「うわおえぇあ!?」

 風邪のせいで吐いたわけではない、ビックリしたのだ。

 なぜなら、なぜならなぜなら! 俺の部屋の入り口に、いつの間にかカカ君が立っていたのだから!!

「か、カカ君? なぜ」

「ん。見舞いにきた」

「……なぜ」

 俺はもう一度問いかけた。だっておかしい。俺の明晰な頭脳の計算によると、今までの関係上でカカ君がお見舞いに来てくれるほど俺のことを考えている可能性は限りなくゼロに近い。むしろ名前すら覚えているかもあやしい。

 それなのに、わざわざ、見舞いに?

「んー、なんとなく? ほれ、差し入れ」

 しかも、リンゴという定番のアイテムまで!?

「剥いたげよっか。台所から適当に皿持ってきたし。あ、ごめんね勝手に」

「い、いや……いいのか?」

「そんくらい別に」

 すたすたと物怖じすることなく俺の部屋に入ってきたカカ君は、俺の寝ているベッドの横に座す。膝の上に皿を乗せ、ナイフを取り出してリンゴを剥き始めた。

「おお、うまいものだ……が、そのナイフは?」

「護身用」

「き、君は、なんというか、さすがだ」

 そこが好きだ。

「え?」

 ……え?

「タケダ、いま、なんて言った?」

 き、聞こえてたああああああああ!?

 いや、待て。それも今更ではあるまいか。俺は幾度と無くアプローチしてきたはずだ、たとえそれが気づかれていなくても――いや、だからこそ! 今ハッキリとするべきではあるまいか!

「カカ君、俺は君が好きだ!!」

 言った……

 言ってしまった……

「なに、これ。なんかドキドキする……」

 カカ君! 俺の想いが伝わって……

 俺とカカ君の顔が、少しずつ近づいて……

 とかなれば、いいのになぁ……なんて。一人でベッドの中で妄想していたわけなのだが。

「はぁ、暇だ」

 なんだ妄想なのかよ!? そう思ったかね? 言っただろう、好きな女の子に会えない、男子にとってこれほど辛いことはないのだ、と。そして彼女が見舞いに来る可能性なぞほとんどない、ならば妄想するしかないではないか。

「はぁ……カカ君」

「なに」

「そうそう、こんな感じで返事をしてくれ――た?」

 ベッドから半身を起こして、ドアの方を見る。

 頬をつねる。

 痛い。

 痛い。

 痛いっつの!!

 自分で自分にツッコみつつも、俺は呆然としていた。

「え……家の鍵は?」

「開けた」

 あっけらかんと答えるカカ君。かかっていた鍵をどうやって、いや、そんなことはどうでもよくて、

「な、なぜ?」

「ん、見舞いにきた」

「……なぜ?」

「んー、なんとなく? ほれ差し入れ」

 これはまさか、先ほどの妄想が現実化したのか!? きっとそうだ! その証拠にカカ君は妄想と全く同じことを話しているし、手にはリンゴも持っている!

 きっと良い子にしていた俺に神様がプレゼントをくれたのだ!

 スパァーン!!

 神様、ではなく、カカ君からのプレゼントが俺の頭に炸裂した。

「あの……カカ、君?」

 ベッドから落ちてごろりと転がる砕けたリンゴの破片、その欠片の大部分は俺の頭に汁っぽくべったりと付着していた。

「なぜ?」

 通算三回目の「なぜ」を言った。

「だって私は風邪ひきたくないもん」

 だから部屋に入らないと言うのか。

 だから部屋の入り口から「ピッチャー振りかぶって投げました」的な勢いでリンゴを俺に投げつけたのか。頭ど真ん中にストライクだ。キャッチャーアウトだ。

「もいっちょいくよー。せーの」

「待て!! 見舞いに来てくれたのは嬉しいが、ほら、もっと穏便に! 例えば護身用のナイフでリンゴを剥いてくれたり――」

「護身用のナイフ? これか。せーの」

「だからなんで投げる体勢になってるのだ!?」

「なに、これ。なんかドキドキする……」

 カカ君! 俺の想いが伝わって……ない!! 妄想とセリフは同じだが全く伝わってない! 俺に自殺願望なんかないのだああああああ!!


 
 そして。色々投げまくったカカ君は満足そうに帰っていった。俺はまともに喋れなかった。

 でも……へへへ、カカ君が見舞いに来てくれた。

 幸せだ。

 うむ、一刻も早く風邪を治して礼を言わなければ! うおおお! 愛の力で風邪の菌など蹴散らしてくれるわぁ!!

 次の日。

 風邪は悪化した。



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 なんだかんだでカカがお見舞いにきた。
 よかったね、タケダ。
 でも風邪が悪化した?
 よかったね、タケダ。

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